今週、開催予定となっていた「Web 2.0 Expo Tokyo 2008」が中止になった。主要スピーカーの欠席が相次いだことによるものと言われるが、世界的イベントが東京で開催されるということで期待が高まっていただけに、残念との声は多い。一方ブログなどでこの中止が「Web2.0の終焉」を象徴するという意見もみられた。本当にそうなのだろうか。
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結論から言えば、Web2.0は終わっていない。技術もメディアもすっかり定着したので言葉にする機会が減っただけである。一方で消費者に与えた影響は後戻りできないほど大きい。リアルビジネスを持つ企業にとって最も重要なのは、テクノロジーやプラットフォームの動向を知ることではなく、Web2.0で消費者や顧客との関係がどう変わったのか、その変化に企業としてどう対応すべきかを考えることだ。
米国ではこのようなWeb2.0の影響を受けた消費者動向を「グランズウェル(Groundswell)」と呼んでいる。今年5月に米調査会社フォレスター・リサーチ社のアナリストによる同名の書籍が米国で発売されベストセラーとなり、つい最近翻訳書も出た。聞きなれない言葉だが、台風や大きな低気圧が近づいたときに発生する巨大なうねり(swell)のことで、サーファーが使う「グランドスウェル」と同じ言葉である。
グランズウェルは「人々がテクノロジーを使って、自分が必要としているものを企業などの伝統的組織ではなく、お互いから調達するようになっている社会現象 (原文 : A social trend in which people use technologies to get the things they need from each other, rather than from traditional institutions like corporations.) 」と定義される。「お互いから調達」がポイントで、その手段となるのがソーシャルメディアというわけだ。企業としてやることは、まず変化した消費者や顧客を知り、対応するための具体的な戦略を立て、それに最適のプラットフォームを選ぶという、従来とは逆の発想である。
グランズウェルへの対応は商品開発、リサーチ、セールス、マーケティング、サポートといった企業のあらゆる活動の革新につながる。
例えばリサーチという活動は顧客理解のためのものだが、アンケートやインタビューによる伝統的な市場調査が限定的な形でしか顧客の声を拾ってこなかったのは事実だろう。それに代わって今や多くの企業がブログやレビューサイトに現れるブランドの評判のモニタリングや、顧客の満足度や評価を得るためのプライベートコミュニティの運営を実践している、これは「グランズウェルに耳を傾ける」と表現される。
先週、市場調査関係者が一同に会する日本マーケティングリサーチ協会の年次総会で、グーグルのエバンジェリスト高広伯彦氏が講演し、ソーシャルテクノロジーを使う様々なリサーチ事例を紹介した。キーワードの出現トレンドを消費者の関心や意図をリアルタイムで把握するモニター装置として使う可能性や、「YouTube」を使ったCMテストなどである。まさにグランズウェルの声をどう情報に変えるかという試みであり、市場調査業界もこうした新しい手法に関心を寄せている。会議の統一テーマは「Catch the Wave 時代の声に耳を済ませよう」で、ここでも「波と傾聴」が使われたのは偶然とも思えない。
グランズウェルと話をする(=マーケティング適用)ため、P&Gが世界約30カ国で思春期の女の子の悩みをサポートするために展開している「BEINGGIRLS」の事例や、グランズウェルを支援する(=顧客サポート適用)では、顧客同士で製品に関する不明点とその解決策を教えあうヒューレット・パッカード社の「HP Support Forum」など、海外の大企業の先進的な取り組みには感心する。これならできる!と膝を打つマーケターは多いのではないだろうか。
同書が紹介するフォレスターの国際比較調査によれば、日本はソーシャルメディアへの参加度が非常に高く、思い切ったグランズウェル戦略が展開できると太鼓判が押されている。裏返せば、企業がすぐにでも取り組まなくてはならない課題ということでもある。今年ベストのマーケティング書のひとつであり、広く読まれることを期待したい。
(2008年12月7日追記) 同書では商品開発、リサーチ、セールス、マーケティング、サポートにおけるグランズウェルへの対応戦略について、具体的事例も交えながら論じている。簡単にまとめたものが下図。
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