(2009年2月3日紙面掲載)
日本マーケティングリサーチ協会(JMRA)によれば、2007年には企業などが実施する市場調査の手法別金額シェアでインターネットが32%を占めた(第33回経営業務実態調査)。10年前はほぼゼロで統計上の項目すらなかったことを思うと隔世の感がある。その多くはウェブを使った質問紙調査だが、今後は質問を介さないデータ収集技法の普及が見込まれる、ネットへの依存はますます高くなりそうだ。
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質問紙を使わない、実験や観察に近い技法は、従来の市場調査でも折にふれ使われてきた。例えば新聞広告の「スプリット・ラン」は、新聞を印刷する輪転機の構造を生かし、2つの版下を使って1部ずつ交互に異なる広告やメッセージを載せその反応をみる手法だ。A版とB版でどちらの効果が高いかを検証できるので「ABテスト」とも呼ばれる。アンケートでどちらが好ましいか事前に聞いた結果と異なることも多いという。消費者の言うことと行動が違うのはよくあることだ。
ネットでこの手法を90年代から取り入れたのがアマゾンだ。ユーザーレビュー導入にあたり、レビューの有無が売上(コンバージョン)にどんな影響を与えるのかを検証するため、レビューの無いものと、あるものをランダムに表示させ、来店客の行動を分析した。結果はレビューのある方が圧倒的に売上が高く、購入支援の有効性が検証された。
こうした実験は自社サイトでも簡単にできる。メッセージやコンセプトなど検証したい候補を複数用意してランダムに表示させ、アクセス解析にあらわれる反応との関係をみていく。顧客の嗜好や期待が明らかになれば、企業が伝えるべきメッセージなどを最適化できる。バナー広告、メール広告、リスティング広告のクリエイティブ効果比較は多くの企業が実践している。
この発想は、未完成でもサービスを市場に投入し、フィードバックされる評価と改善を繰り返す「ベータ版」による商品開発プロセスと似ている。市場調査においても「AとBのどちらが売れるかをアンケート結果で判断する」だけでなく、「AとBを実際に顧客に出してその結果で判断する」という選択肢が出てくるだろうと思う。
バズ解析という新しい観察手法もある。ブログやコミュニティサイトの膨大なテキストにあらわれる消費者の意識や考え方をマーケティングデータとして活用する手法だ。ブランドマネジメントでの期待は高く、国内、海外とも大手調査会社も開発にしのぎを削っている。
ブログにどれほどの商品名、ブランド、企業名が登場するか想像してみて欲しい。好印象にせよ悪印象にせよそこに言及されているのだから必ず理由がある。単に好意的、否定的が何件とカウントするだけではなく、細かいニュアンスを読み取ったり、競合ブランドとコンセプトワードを配置するポジショニングマップによる可視化も実用化している。例えば英語のブログにおいて、NIKE というブランドがどのブランドやイメージ語とともに語られているかを示したものが下図だ。
(Nilesen Online BuzzMetircs "Brand Association Map" より)。
この手法は例えば、環境メッセージを発信する企業がその成果をモニターするのにも最適だろう。また企業広報やCM、新商品に対するネガティブ反応をいち早くキャッチするセンサーとしての役割も期待されている。米国では、事前の市場調査で指摘されなかった消費者の意見でCMを差し替えたり、クレームが寄せられる前に掲示板やクチコミサイトで問題を発見することは珍しくない。今後はコールセンターに届く情報やメールで寄せられる意見のデータベースを「リスニング・プラットフォーム」として統合していく企業が増えてくるはずだ。それは「評判のマネジメント」には不可欠とみられている。
これら新技法に共通しているのは、消費者の自然な反応を収集できる点だ。調査する側の「働きかけ」を必要とする質問票やインタビューの限界を突破するものでもある。消費者行動は今後もデジタルデータとして蓄積されていく。SNSやメールでのコミュニケーションの記録、購買履歴やGPSを使った位置情報などをで「ライフログ」として統合する構想もある。そんな時代には、蓄積される膨大なデータを分析することも、市場調査の担う役割になるのではないか。
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