(2009年1月13日紙面掲載)
正月休みにまとめて時間がとれたので、昨年12月に始まった番組配信サービス「NHKオンデマンド」に登録して、NHKスペシャル「映像の世紀」(1995年)などの番組を購入して楽しんだ。パソコンでみてもテレビ局が生み出す番組映像の力は圧倒的で、魅力的なコンテンツであることは間違いない。テレビ番組の無料配信が実現するのはいつだろうか。
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民放もホームページとは別に番組配信サイトを持つ。昨年末にはフジテレビがプライムタイムのドラマ「セレブと貧乏太郎」と「爆笑レッドカーペット」を配信するなど、番組の本腰を入れたといわれる。だがほとんどが有料配信で実際に提供される番組もごくわずかと実態は寂しい限りだ。
海外ではiTunesやAmazonなどでの番組販売を除けば有料配信は少ない。テレビ番組はネット経由でも無料が一般的である。米国ではABC,CBS,NBC,FOXの4大ネットワークやケーブル局のほとんどの番組がネットで視聴できる。収入源は番組に挿入されるCMだ。
なかでも昨年3月、NBCとFOXが共同事業として立ち上げた「フールー(hulu) 」は爆発的人気となっている。
日本からは視聴できないので知名度は低いが、その急成長振りからYouTubeキラーとの異名もある。CEOのJ・カイラー氏は、アマゾンでDVD・CD販売を立ち上げた敏腕で、フールーの立ち上げにあたりヘッドハントされた。いわばフジテレビとTBSが共同で運営するサイトの舵取りに、楽天の幹部を招いたようなものだ。
ライバル関係にあるテレビ局の合弁事業ということで当初、周囲の目は冷ややかだったが、ネットビジネスを知り尽くしたカイラー氏は、従来の配信サイトにない機能を導入した。特徴を一言でいえばオープン化だ。テレビ局主導でありながら、ケーブル局や映画会社などの賛同を得てコンテンツが増え続けている。ネット業界にプラットフォームを握られるよりは、業界でイニシアチブを握りたいということだろう。
入口対策も抜かりがない。ヤフーやMSNからも利用でき、YouTubeのように映像の好きな場面をブログやSNSで引用できるようにするなどWeb2.0的な機能も実装する。ABCやCBSなどなど他の配信サイトの番組も検索できるのでプレミアム・コンテンツのポータルとしても機能しているという。魅力的コンテンツとソーシャルメディア機能が掛け算効果となって表れた形だ。
米テレビ局がネット配信を推進する背景には、視聴者行動に関する調査・研究が数多く行われ、配信を減らすものではない点が明確になってきたことがある。昨年7月の米コンファレンス・ボードの調査では、テレビの無料配信サービスを使っている人の8割が「ネットで番組を見ていても、テレビの視聴習慣は変わっていない」と答えている。
広告主が安心して出稿できるメディアとして認知されたことも成功要因である。高画質、高品質なので、テレビCMの素材がそのまま利用できる。大量のスポット広告で埋もれがちなテレビに比べ番組あたりのCMも少ないので消費者の注目率は高い。他のネット広告同様、実際に視聴された回数や到達人数などを算出できることも強みだ。英フィナンシャル・タイムスの記事によれば、フールーの広告収入は今年、YouTubeを抜くと予想されている。映像CMの訴求価値はわかりながら従来のテレビ媒体を離れ始めた広告主にもうまくアピールしたようだ。
日本でもできるなら苦労はない、とテレビ業界からは指摘されるかもしれないが、米国で壮大なテストをやってもらっていると考えればよい。フールーのようなクールなプラットフォームなら、広告主も視聴者も喜ぶに違いない。権利処理の難しさなど固有の事情はある。ただNHKオンデマンドでは、大河ドラマ「天地人」も放送後1週間見られる。新しい価値の提供という信念とビジョンのもと、関係者の努力や権利者の理解あってのことだろう。
放送業界にとって「ブロードキャスト」で培った技術と資産を生かす「オンデマンド」への取り組みは、半世紀経って訪れた大きな飛躍の機会なのである。
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