(2009年1月27日紙面掲載)
今月から日経産業新聞の紙面に掲載された全記事全文が携帯電話で読めるようになった(日経産業新聞モバイル)。有料とはいえ大胆な試みは大歓迎である。新聞社サイトの本質はデータベースであり、多くの人に使ってもらうには何が必要かという視点に立てば、日本の新聞サイトができることがまだたくさんありそうだ。
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海外では新聞社サイトの相互記事掲載が一般的となっている。フィード(記事の自動収集技術)を使って自社記事に関連する他社の記事を自動選択・掲載している。Google News を新聞サイト自身が行っていると考えればよい。ひとつのニュースに関心を持った読者は、他新聞の記事も同時に読みたいと思うので、この技術は新聞の読み方を考えると理にかなう。例えば阪神ファンなら、勝った翌日には全国紙、スポーツ紙の記事をいくつも読み比べたいだろう。
フィード技術をベースに読者が独自のコンテンツをつくることもできる。米ニューヨーク・タイムズのカスタマイズページ「My Times」では、同紙の記事だけではなくワシントンポストやフィナンシャルタイムズ、BBCの配信記事や、YouTubeのコンテンツも組み合わせられる。日本では朝日・日経・読売3社の記事を集約した「あらたにす」や、共同通信と全国地方紙の記事で構成される「47(よんなな)News」など、記事共有の仕組みはあるものの、新しいプラットフォームを作るという発想からなかなか抜けきれない。
ひとつの記事を縦軸(時系列)と横軸(トピックス)で編集していく手法は昨年、多くの海外新聞社サイトが導入した。日本ではヤフーニュースのトピックス別編集が高い評価を受けているが、これは記事に関連するあらゆる情報を集約しているからだ。パレスチナ自治区ガザの軍事衝突のニュースを読んで、ハマスのことをもう少し詳しく知りたいという読者は必ずいるし、必要なタイミングも出てくる。ひとつの記事から過去のアーカイブ、他社記事だけでなく、関連サイトの情報、百科事典的な知識などがワンストップで得られればそのような読者ニーズにも応えられる。
ニューヨークタイムズのサイトでは1851年からの記事が利用できるだけでなく、所有するデータベースを利用するためのAPI公開も順次始まっている。記事やレビューに加えて、最近では蓄積された米国議会や議員に関する情報の利用も可能となった。同社の持つコンテンツと他のデータベースを組み合わせて利便性の高いサービスを第三者が開発できることになる。
記事やコンテンツ開拓の余地もありそうだ。最近、麻生首相と新聞記者の「ぶら下がり」でのやりとりを話し振りのニュアンスまで忠実に再現した記事が大人気となっている(朝日・毎日・産経)。記者の仕事ではないという見方もあろうが、リテラシーの高い読者はこのような記事からでも多くのことを読み取れる。時間が経てば素材の方が価値が高まることもある。記者の視点が入らない事実を記録として残すにはウェブは最適である。
書き手の一部開放は難しいだろうか。参考例は米国で昨年、急成長したニュースサイト「ハフィントン・ポスト(The Huffington Post) 」である。もともと政治ブログで、ニュースは既存新聞社の記事にまかせ、著名人や映画スターの意見・コラムで特色を出した。「ニュース」だけでなく「オピニオン」の面白さを再認識させてくれたと高く評価されている。
新聞社が影響力を持続させるには、百年以上続いてきた新聞の常識」からどれだけ自由になれるかにかかっている。マーケティング学者セオドア・レビットは「米国の鉄道会社は、自らの事業を『鉄道事業』ではなく『運輸事業』と定義していれば、衰退せずもっと違う発展があっただろう」と述べている。新聞社にとってのインターネットは、当時の米国鉄道会社にとってのモータリゼーションである。新聞社のミッションが世の中の動きを正しく伝えることにあるのなら、時代にあった提供方法の開拓に躊躇すべきではない。
(2009.2.10追記) 中期的には新聞らしい編集は「電子新聞」として残っていくと思う。たとえばFinancial TimesやUSA Todayが、Plastic Logic社のリーダーを利用した配信を2010年より行うことが明らかにされた。このデモみたらこれなら通勤電車で読める!と思う人は多いのではないだろうか。鉄道事業から運輸事業への転換を象徴しているようにも見える。
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