(2008年11月4日紙面掲載)
広告分野の米有力業界誌「アドバタイジング・エイジ」が、2008年の「マーケター・オブ・ザ・イヤー」に米民主党大統領候補のバラク・オバマ氏を選出した。iPhone 3Gで素晴らしいマーケティングを見せつけた2位のアップルに大差をつけての選出だ。このイベントは政治家に媚を売るようなキワモノではない。なにしろ07年は Wii と DS で世界を席巻した任天堂が、06年は米国市場で大きくシェアを伸ばしたトヨタが受賞者だった。
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オバマ氏のマーケティング・ゴールは4日の投票における勝利。その結果が出ていないにもかかわらず「今年最高のマーケティング」と認定するのはリスクもある。だが、それを問題としない、広告のプロも認める鮮やかな手法だったわけだ。
評価されたのは1日100万ドル、マケイン氏の2倍ともいわれる膨大なテレビCM費用で広告業界を潤してくれたからではない。それを可能にしたブログやSNSによる小口献金の成功と、支持者ネットワークの構築である。24歳のFacebook共同創業者C.ヒューズ氏などソーシャルメディアの特性を知り尽くしたブレーンによる細やかな工夫を積み上げた結果ゆえだろう。
ソーシャルメディアを駆使するオバマ氏の手法は、ネットと政治の蜜月時代到来を象徴する。そんな状況下で、今回の大統領選挙における最大のプラットフォームになったのがYouTube だ。動画の力の大きさを考えればそれも必然だろう。昨年3月に開設された「You Choose '08」というチャンネルが大統領選挙事実上のポータルとなり、候補者の政策、人柄などあらゆる点を同じ土俵で比較することを可能にした。
ソーシャルメディアはYouTube の再生回数や、SNS の友達の数として成果が数字となって冷徹に示される。YouTubeの総再生回数は、オバマ8700万回、マケイン2300万回と大差がついているが、候補者二人で1億回を軽く超えているのは驚きだ。「Facebook Supporters」はオバマ204万人、マケイン56万人、「MySpace Friends」はオバマ79万人、マケイン20万人。日本のSNSでは想像もできないその規模に圧倒される。
(2008.12.1追記) コラムを執筆した10月末時点(大統領選前)では本文中に引用した数字だったが、12月1日時点では、下表のようにオバマ氏のFacebook Supporter は約120万人増えて324万人に、YouTubeの再生回数は両者あわせて約1億4千万回にも上っている。(データはいずれも techPresident.com より引用)
これらの数字は、コストをかければ増やせるという単純な話ではない。有権者が自分の意思で視聴したり登録した回数だ。サイト特性を活かした仕掛け次第でこの数字を増やすことは可能であるし、それがオバマ・マーケティングが評価された点である。
日本では意外にも企業よりも政党・政治家が動画共有サイトに熱心だ。YouTube には自民、民主など全主要政党がチャンネルを持ち、ニコニコ動画には、麻生太郎首相、小沢一郎民主党代表、小池百合子氏などキャラの立つ政治家個人ごとのチャンネルも次々登場している。ただ、解散・総選挙を控えた時期にもかかわらず、政策や信任が問われる場としては機能していない。若年層に向け親しみを演出するエンターティンメントと言った方がいい。
その中で、ニコニコ動画で派遣労働者問題を追及する志位和夫共産党委員長の予算委員会での質問が数万回視聴された事実は軽く見るべきではない。テレビ中継や新聞記事ではリーチしない若年層に何らかの感情を喚起させ、コメントを書き込ませた。それが動画のインパクトだ。
ソーシャルメディアは土を耕し、種をまき、そして育てる存在だ。戦いや狩りのようなマーケティングとは本来、別のルールが働く。選挙結果がどうあれ、オバマ・マーケティングは、世界最大規模のソーシャルメディア活用事例として、多くの企業がノウハウを学べるに違いない。
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